安倍晋三元総理の甥の安倍寛人はどんな人?「安倍」を継ぐ唯一の甥

人物
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2022年7月8日安倍晋三元総理がお亡くなりになられ、後継者選びが加速しているようです。

「4代目継承」に関心が高まっています。

安倍晋三元総理には3人の甥がいます。以前から子供のいない安倍晋三元総理の後継者選びの問題が課題となっており、候補としてと3人の甥が上がっていました。その中で唯一「安倍」を継ぐのが安倍寛人さん。

安倍晋三元総理の実兄・安倍寛信さんのご長男です。

1番の後継者候補でありながらも、”政治家になるつもりはない”と、本人になる意思はないのですが、三代続く政治家一家ですから途絶えさせるわけにはいかないということで、ゴッドマザーと呼ばれる安倍晋三元総理の母である洋子さんが安倍家の「長男の長男」である安倍寛人さんにとても期待をしていたようです。

そこで安倍寛人さんとはどのような方なのか調べてみました。

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安倍寛人さんとはどんな人?

安倍寛人さん

安倍晋三元総理の実兄・安倍寛信さんのご長男です。

2013年に慶應大学法学部を卒業後、弁護士を目指し、同大学法科大学院(ロースクール)に進学します。

弁護士を目指していたが、司法試験に落ちてしまい弁護士への道は諦め、企業法務の仕事に関わりたいと、2017年お父さんがいる三菱商事に入社されています。

現在は31〜32歳です。

小学生の頃から父の寛信さん(当時三菱商事勤務)の転勤で、ロンドンで生活したことから語学が堪能。高校(学習院高等科)、大学とアーチェリー部に所属したスポーツマン

父の寛信さんのロンドン転勤になるまで、1階から3階まで内階段で結ばれた広いメゾネットタイプの東京・渋谷区の安倍晋三元総理の邸宅の1階に住まわれていたようです。

2階は安倍晋三元総理夫妻の居室、3階は祖母の洋子さん(安倍晋三元総理の母)の3世代同居をされていました。

安倍寛人さんの性格

安倍寛人さんの性格は同級生たちによると、

「温厚で優しい性格だが、責任感がとにかく強い」

大学時代は「主務」と呼ばれる部の対外的な責任者も務めた。司法試験の勉強とクラブの両立が大変な寛人さんを心配した同期が手伝おうとしても「任された仕事は自分でやる」とほとんどの仕事を1人でこなしたようです。

さらには、安倍総理の甥だということを本人は隠したがっていたそうで、家柄ではなく自分自身が努力して頑張ろうという性格。

寛人さんの同級生は、「寛人君から政治家になりたいとは聞いたことがなかったが、正直向いていると思う。」と、激務やストレスをものともしない強い精神力の持ち主とも言われているようですね。

しかしながら、政治家にならないという意志は固いそうです。

安倍寛人さんの父・安倍寛信さんとは

政治家の安倍晋太郎さんの長男で、安倍晋三元総理と岸信夫総理大臣補佐官の実兄

ABコミュニケーション代表取締役で、元三菱商事パッケージング代表取締役社長

安倍晋三元総理と柔和な雰囲気がとてもよく似ておられます。

安倍晋太郎さんはご長男ですが政治の道に進まれませんでした。

政治家にならなかった理由についてはこちらで読むことができます。

理由から一部抜粋させていただきますが、

”政治家は家業ではないですから、何がなんでも継いでいかなければならないというものではなく、たまたま家族の中に志た人がいたからこそ今の形があるのだと思います。やはり人はそれぞれ自分に向いた事をやるのがいいですからね。”

の言葉がとても印象的でした。

しっかりとした意見を持ち自分の進べき道を進んでいるお兄さんがいてこその安倍晋三元総理ではないかとも感じ取れます。

安倍寛人さんは進む道は違いましたが、2人の政治家の弟そして政治の名家である安倍家を支える影の立役者だと思います。さすが華麗なる政治家一家のご長男といった感じですね。

安倍寛人さんは「安倍」を継ぐ唯一の甥

一緒にいるのは岸信夫防衛大臣の息子さん2人ですが、安倍晋三元総理には3人の甥っ子がおられます。その中で、安倍寛人さんが「安倍」の姓を継ぐ唯一の甥です。

  • 安倍寛人(実兄・安倍寛信さんの長男)
  • 岸信千世(実弟・総理大臣補佐官の岸信夫さんの長男)
  • 岸智弘(実弟・総理大臣補佐官の岸信夫さんの次男)

はっきりとした情報はわかりませんが、安倍寛信さんには長女がいるようです。ご結婚されているかはわかりませんが、もし長女が政治家の婿養子をもらうという形になれば、お婿さんも「安倍」となりますが、現時点ではそのような情報は一切ありませんので、寛人さんということになります。

三代にわたる政治家一家である名家を途絶えさせるわけにはいかないと一番心配しておられるのは、安倍家・岸家の「ゴッドマザー」的存在であり、政界の「ゴッドマザー」と言われている、安倍晋三元総理の母の洋子さんのようで、寛人さんを後継者にしたいと常々周囲に漏らしていたようです。

洋子さんは晋三さんの後継に寛人さんを、信夫さんの後継を信千世さんにと考えていたようですね。

「安倍家の長男の長男」という事で、世間では安倍寛人しかいないという見方もあるようです。

法試験に合格せず、再チャレンジすると思っていたが、弁護士の道を諦め、お父さんがいる三菱商事に入社したことで、寛人さんが目指した道を切り替えたことが、政治家になる準備か!?と一時は見られた事もあったようです。

安倍晋三元総理もかつて同居していた寛人さんをとても可愛がっていたそうです。

学生時代にアーチェリー部だった安倍晋三元総理、寛人さんも高校、大学とアーチェリー部に所属され共通点のあるお二人について安倍寛信さんはこう話されています。

「晋三はアーチェリーに一家言(一家言とは:その人に独得の見識を思わせる意見)を持っているから、うちの息子にそれこそ手取り足取り指導してくれる。息子もすごく喜んでしまって、新しく弓矢を買ったりするとすぐ晋三にみせに行ってますね。」

引用元:NEWSポストセブン

と、安倍晋三元総理の事をとても慕っていたことが伝わってきますね!!

本来ならば、名家を絶やさないともなれば心情は後継者になって欲しいといったところだと思いますが、安倍晋三元総理や父親である安倍寛信さんが、寛人さんに後継者として無理強いをせず一個人として寛人さんの進む道を尊重しているところが、安倍家の方々はとても素晴らしいです。

偉大すぎる安倍晋三元総理がお亡くなりになってしまい、後継者問題はまだまだ難航しそうですね。

まとめ

安倍寛人さんについて調べていきましたが、安倍寛人さんはもしかすると安倍晋三元総理の気質に一番近いのではと感じました。

安倍晋三元総理の意思を本当にのは政治家の誰でもなく安倍晋三元総理の政治家ではない、素の姿を知っている身内の方なのではないでしょうか。

一時期は高齢のおばあちゃん(洋子さん)を喜ばせるために寛人さんは政治家になることも考えていたようなので、安倍晋三元総理が不慮の死を遂げ、とても慕っていた叔父の死を目の当たりにし、「温厚で優しい性格だが、責任感が強い」という寛人さんですから、とても慕っていた叔父の不慮の死を目の当たりにし、政治家にならないという固い意志ももしかすると変わるかもしれませんね。

もしかするとこれが政治一家の名家の長男に生まれた宿命なのでしょうか。

 

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